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東京高等裁判所 昭和32年(ラ)728号 決定

抗告人 三友サルベージ興業株式会社

相手方 大原産業株式会社 外一名

主文

原決定を取消す。

本件を東京地方裁判所に差戻す。

理由

一、抗告理由。別紙記載のとおり。

二、当裁判所の判断。

破産手続は破産者の財産に対する一般的強制執行の手続であるから、強制執行の対象とならない財産は破産財団を構成しない。破産法第三条第一項が日本において宣告した破産は破産者の財産で日本に在るものについてだけその効力があるものとし、外国に在る財産に対してはその効力を及ぼさないことを規定した点からもそのことは明らかである。ところで本件破産宣告前の保全処分の目的たる財産は琉球宮古島泊地内に在る沈没船体及びその積荷であるところ、琉球は日本国の領土ではあるけれども平和条約第三条の規定により日本国の統治権の行使が排除され、同所に在る有体動産に対し日本国の強制執行を行うことはできないのであるから、右地域は破産法第三条第一項の適用については外国に準ずるものと解すべく、右地域に在る有体動産はそのままでは日本で宣告された破産における破産財団を構成することはない。もつとも破産管財人が破産財団管理のため裁判所の許可を得て営業の継続をなし、右沈船及び積荷を引揚げて日本国内に移動させ又はこれを日本国における強制執行の可能な財産に変換させる等のことが行われたときは、その時から右は破産財団を構成することになるけれども、その場合でも右沈船及び積荷自体がその前に遡つて破産財団となるものではない。かような在外財産については、仮に日本国内の裁判所においてその処分を禁止して見ても、当事者がこれを日本の統治権の及ぶ地域外に在る状態のままで他に処分した場合にはその意思表示の国外における効力を否定することはできないのであるから、破産者の営業を継続することによりこれを将来破産財団に組入れることを法律上確保する途もない。従つてかような財産については将来の請求権に関する破産法第六条第二項の規定を類推する余地もないのであるから、結局これを破産財団に属すべきものとして破産宣告前の保全処分としてその処分の禁止を命じた原決定は失当として取消を免れない。そうして相手方等の本件保全処分申立書によれば、相手方等の申立は単に右有体動産の処分禁止を求めるに止まるものではなく、なお抗告人と国との間に締結した契約に基く法律関係等についても保全処分を求めていることが明らかであるから、本件はこれらの点についてなお審理の要があるものというべく、よつて破産法第百八条民事訴訟法第四百十四条第三百八十九条に従いこれを原審に差戻すべきものとし主文のとおり決定する。

(裁判官 川喜多正時 小沢文雄 位野木益雄)

抗告理由

一、本件保全処分申請の目的物は沖縄列島宮古島に在る沈没船並に其積荷である、依つて該目的物は本案に於て仮りに破産宣告ありたる場合と雖も該目的物に対して破産宣告の効力は及ばないこと換言すれば右物件は破産財団に属せないことは破産法第三条により明白である。

依つて本決定は破産法第三条違反であり且つ何等法益の存しないものである故に元々却下或は取消を免れぬと信ずる。

或は破産法第三条に所謂「日本」に付て現在も沖縄は日本領土であると云うやも知れないが右法に所謂日本とは日本の統治権の及んでいる範囲であることは改めて云うまでもあるまい、何となれば破産を以つて一般強制執行と看る我現行法からして執行不能の目的物を破産財団に属せしむる理由は有り得ないからである。

二、右仮りに理由無しとするも債権者は保全処分申請理由第二項第二号末尾に於て債務者に支払不能の事実ありと主張しているが当らない抑支払不能を主張するには債務者に対する総債権額の合算と債務者の現有総財産とを対比して以つて支払不能だと主張し之を疏明せねばならぬのに本件に於て債権者は前記沈没船並に積荷を債務者の財産と認め乍ら之を評価もせず従つて総債権額との対照もしないで漠然支払不能と称している。

故に債権者は本案の破産申立に於てすら何等支払不能を全然疏明していない。蓋し破産事件の重点は破産原因の存否に懸つている、然るに斯の如く原因の欠缺ある破産申立に付帯する仮処分申立事件に於て単に代位弁済の点のみを疏明したる本件申請事件に右決定を為したるは不当である依つて取消を免れぬと信ずる。

一、抗告状の理由第一点に付ての補充

本件仮処分の目的物が日本の統治権の及ばない沖縄に現存すること、及び之は債務者の唯一の財産であること、の二点は当事者間に争がない。果して然らば本件の目的物には破産法第三条によつて破産宣告の効力が及ばないことは明白である、従つて今仮りに本案たる破産申立事件に於て破産の宣告があつたとしても右の目的物は破産財団に属し得ない、換言すれば何等本案の対象とならぬものに対して保全処分は有り得ないのである。

猶お又前記目的物は動産であるところ、元々処分禁止の仮処分は之が占有を執行吏に移転するに非ざれば其目的は達し得ない、然るに右の目的物は之が占有を執行吏に移すことは不可能である、故に此点からするも本決定は意味がなく従つて法益がないものである。

敍上により結局本決定は違法であるから元々却下せらるべきもので、今や取消を免れぬものである。

二、同第二項についての補充

債権者は債務者に支払不能の事実があるとし之を唯一の破産原因と主張(保全処分申請書理由第二項末尾)しているが当らないこと左の通り。

(イ)、債権者は右目的物が財産であることは認めているが何等見積評価はしていない。破産申立事件に於て債務者の財産而かも唯一の財産評価見積りも為さずして債務者に支払不能ありと云う訳であるので此際順序としては債権者に対して評価見積を促すべきであるが御審理の迅速且つ明白なる結論を希うが故に債務者より進んで之が評価の主張を為す。

債務者としては過去に於て数回本件沈船解体引揚の計画書を作成したのであるが物価の変動等により計画書の数字は時々変つてくるので最近十月末の基準で計画を樹てたのである、之によれば三隻の合計噸数は六千四百六十噸であるから運輸省船舶局公認船舶解体比率を以てすれば引揚実収は其五十パーセントであるので三千二百三十噸となる、而して之が内訳は之亦船舶事業懇話会調査によれば右三千二百三十噸は屑鉄が内七十五パーセントで二千四百二十二噸、銑鉄が内二〇パーセントで六百四十六噸、非鉄が内五パーセントで百六十一噸となる、故に今之を昭和三十二年十一月一日産業新聞金属相場表によれば屑鉄は単価二万一千円であるからその合計は金五千八十六万二千円、銑鉄単価三万三千円であるので其合計は金二千百三十一万八千円、非鉄は単価二十五万円であるから其合計は金四千二十五万円となり右総合計は金壱億壱千弐百四拾参万円となる。

次に右収入に対し費用の支出は救済事業懇話会調査に基く解体引揚作業費は単価金一万五千円であるから其合計は金四千八百四十五万円であり、又運賃保険料は単価金四千円であるので其合計は金一千二百九十二万円となり、又沈船買付金は一千五十万円(政府よりの買取価格)であるから其総合計は金七千百八十七万円となる。

依つて差引予想利益は金四千五十六万円となる(之は積荷を見積らぬもの)。然らば即ち債務者の財産は債権者の債権額を上廻ること金二千七八百万円となるものである。

債権者が債務者がその債務を期限に支払わなかつたと称し其一事を以つて支払不能であると主張しているが該主張の根拠は或は夫れ右の債務の不履行を以つて直ちに支払停止であり従つて破産法第一二六条第二項に所謂支払不能の推定可然と称しているように想われるのである、然らば問題は債務者に支払停止行為ありしや否やに収縮される。

今更言うまでもなく支払停止とは債務者が支払を停止した旨の明示又は黙示の債務者の行為の客観である、然るに本件の債務者には何等一般的に支払を停止したと看るべき黙示の行為もないのである、故に債権者が自己に対する債務を期限までに履行しなかつたとのことのみを以つて破産法第一二六条第二項の支払停止なりと主張することは全然当らない、換言すれば単なる一債務の不履行を以つて直ちに支払停止であり、支払不能と称する訳で是れ前提を忘却したる主張と言う外はない、要するに右は単なる一債務の不履行に過ぎない(後記債務の期限従つて不履行に該当するや否やも疑問であるが)、殊に況んや債務者の全資産を以つてすれば債権者対の債務を完済してなお前記の通りの剰余金あるにおいてをやである。

(ロ)、猶お更に左記強調する。

1、債権者は当初日本信託銀行株式会社からの借入れに付之が連帯保証をした時から債務者には右目的物が唯一の財産であることを十二分に知悉していたものである、従つて右債務を返済するには該目的物を引揚げの上之を換価して支払う以外に途がないことは是亦十分承知していたものである。

2、前記の関係上右借入の際の返済期限は債権者と債務者とが協議の上で右引揚換価の目的を達成するに付ての日時的見通し予想を為し、該予想に基いて一応の期限を定めたものである、換言すれば目的達成は早い程よい、期限に間に合えば此上なし、若し仮りに間に合わぬでも最善を尽して引揚成功の上完済をとて債権者も債務者も共に念願していたものであり、現在も其心境に変りはない筈である、両者共米当局との折衝の成功を祈りつつ債務者は債権者に対し其都度右折衝の結果報告を続けていたのである。

3、債務者は前記債務の借入后今日まで日本信託銀行株式会社からも又債権者小原喜一からも一回の督促も受けていないのである。

一応定めた期限を経過すること約二カ年になるのに一回の催促もないと云うことは何を意味するや、蓋し之が債権者から進んで期限を猶予したものである。

然り債権者は右の如く一回の請求もせず即ち期限を猶予した態度を持しながら実に唐突に、而かも貸金請求の訴訟ではなくて破産宣告の申立をしたという次第である。民法第一条には権利の濫用とあるが斯の如き債権者の行為は権利の濫用以上のものであり或は夫れ権利の悪用と称すべきに非ざるか。

4、債権者小原喜一の本件破産宣告の申立と保全処分申請とは破産の宣告と仮処分の決定其のものを目的としたものではないのである、即ち之等の法律手段を以つて債務会社乗取りを画しているものである、何となれば若し夫れ破産宣告が決定せられんか債務者も亡びるであろうが債権者も債権回収不能に陥るであろうことは、(一)破産宣告による執行が沖縄では不可能であること、(二)米当局との折衝が折角八九部の成功を見ている矢先であることは両者が知悉しており其意味に於て慎重自重を要するのに此場合破産ともなれば双方の全面的失敗は明白であるからである。

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